2019年9月28日 (土)

どんぶらこっこ、どんぶらこ

稀勢の里関の断髪式へ行く前に

気持ちのメモ


私が相撲を見るようになったのは

夕方のニュースで少しだけ映った、新十両の紹介がきっかけでした。


真っ赤なほっぺ

ニコニコした可愛らしい少年

当時17歳の「萩原」くんに、私と当時の彼氏(夫)はひとめぼれ。

「こんなかわいい子が強いわけないだろう!」

「はぎわらって何だよ!(当時は、力士といえば皆シコ名があると思っていたので)」

と、画面にツッコミを入れながら、相撲に興味を持つようになりました。


それから数年して、相撲の絵本を作ってみようということになりました。


稀勢の里と名前を変えた萩原くんはそのころ平幕と三役を行ったり来たりし、大関にやっとの思いで上がった頃、私も初めての絵本作りに奮闘し、萩原くんの活躍に背中を押されながらやっとの思いで一冊の絵本を作りました。


それから4年。


ストーリーものの絵本は1冊目の力強さを超えられず、似たようなシリーズにするのも気が乗らず、今は、人間にしかできないことを愛を込めて時間をかけてやると決めて、2作目に取り組んでいます。


忘れられるからとか、振り出しに戻るからとか、外の目を気にすれば震えるけど、やるのは自分一人だからね。


編集の方や、家族が、厳しく遠くから見て見ぬふりで見守っていることをずっと意識してやっています。遅くなって、ごめんなさい、


で、その間に会社の一員としての仕事に流され、どんぶらこっこ、どんぶらこ、と、気づけば川の中流。このままでは海に出て、自分のすべきことが、陸が見えなくなってしまう。


自分しかできないことは何か、

そこへ前向きに生きなければ

人の作った川に流されてありがたい限りですが

これが人生なら

これで死ねるかよと


そんな気持ちで明日は稀勢の里関の断髪式。


夢に、稀勢の里関がずっと出てきて、わたしの頭の中はそのことでいっぱいなんだと気づく。

二階席から、そっと見守ります。

パーティには行かない。そのぶん他の方が参加して喜んでくれた方がいい。


髷を切って、生まれ変わるところだけを、見守る。


切っちゃおうかな、髪

わたしも

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2019年2月11日 (月)

未知なる穴ぼこ

みんな大人になったら経験していることをわたしは先日初めて体験して、その影響が続いている。

上下二本の親知らずを抜いて、穴ぼこ保有者となりました。
上の歯は真っ直ぐ生えてたけど、歯医者さんいわく「噛み合う相手のない親知らずは歯周病の元になる」とのことで一気二本抜きに挑戦です。

健康な歯を抜くなんて未知の体験なので恐れおののいて、ひどい思いをするだろうと覚悟しながら臨んだ抜歯の日。
「ちくっとしますよ」と麻酔を打たれて、斜めに生えた下の歯から作業が始まりました。
頭蓋骨を広げられるみたいな感じで奥歯に体重をかけられて、しばらくウンウン(時間にして40秒くらい)されていたかと思うと「はい、口ゆすいでください」とのこと。
「?」と思ったら、もう先生の横の四角い銀トレイの上に、小さな歯が載ってる!

「それわたしの歯?」と思わずタメ口で聞くと、「そうですよ」との答え。
えええええええええ・・・と驚きとぼんやりの入り混じった気持ちでうがい。絶対真っ赤な血が出るんだろうと臨んだうがいも、全然血が出ない。頭の上に「?」をたくさん浮かべた顔をしているわたしに、先生は「止血ゼリーで埋めてあるので、ゼリーが溶けたら少し血が出るかもしれません」とのこと。

なんだよ止血ゼリー。。。医学の進歩の一端を見た気分だよ。。。

上の歯は麻酔から20秒くらいで抜歯完了。牡蠣の殻を開けるみたいに、なんかコツがあるっぽい。とにかくあっという間に、またゼリーを埋められて、出血ゼロで終了しました。翌日にはもう、抜歯したことを忘れるぐらい普通の食事。先生ありがとう。かっこいいよあんた。

あれからひと月ほど経ったので、もう慣れたけど、穴ぼこにぴったり収まるお米、あまりにもぴったりな大きさで、パズルみたいで笑っちゃうんだよなあ。
小さいブラシで掘ってみると、野菜の破片とか、「あ、あの時の」って、思い出をしまってある秘密の洞窟と化しています。

そういえば、「抜いた歯、どうしますか?」と聞かれたので、もちろん「持って帰ります。」と答えたけど、少数派らしいですね。
いやいや、今まで自分の口の中に、こんなに近くにあったのに、じっくり眺めることもできなかった歯が目の前にあるなんてねえ。思ったより小さい。。。とか、分身のようで、愛着を感じずにはいられません。ちゃんと消毒してガーゼに包んで小さいジップロックに入れてもらったので、取り出さずに眺めるだけだけど、なんかいいんだよなあ。自分から生まれて、自分の中で育って、一緒に生活した歯。知人に言ったら「え?どうすんの?」と聞かれてしまった。いや別にどうもしないんだけどね。

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2019年2月 2日 (土)

丸めない

「癒されますね」とか「ほっこりしますね」という、「それっぽくうまく丸める」言葉を使われると頭の中に警報が鳴る。
「どうでもいいですね」と同義語に感じてしまう。
「なんか言わなきゃ」と思わせてしまった自分も嫌だし。

私の絵本の親方は、「かわいい」という言葉が嫌いです。
本当に細やかに、どう「いい」と思ったのかをちゃんと言え、というわけです。編集者らしいな。

かといって、言葉が全てではない、と、私は思ってる。
感覚的に「たまらなくいとおしい」と感じたものに対して、パッと、「かわいい!」って感嘆詞として使うこともあるし。

最近ときどき、小さい頃に見ていたアニメや絵本の絵を見て、当時の感覚が呼び起こされてハッとします。

タツノコプロの「ポールのミラクル大作戦」の再放送を見たときと、かこさとしさんの絵本「だるまちゃんとかみなりちゃん」 の、楕円形に2つ出っ張りのついた「電気の形」のモチーフを久しぶりに見たときに、幼児の自分がどんな甘やかな気持ちでこの作品を見ていたか、ジュワーっと甘い汁みたいな感情が湧いてきた。言葉ではない、感覚で、絵を見ていたんだ。

最近は、視覚と言葉に頼りすぎてるので、
言葉にできないことを絵にしたい。安西水丸さんが、空気を描くのだといったのが少しわかる。

癒したりほっこりさせて丸めるようなダサい仕事しないように気をつけよう。

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2019年1月13日 (日)

大相撲一月場所初日がやってきた!トントンストン!

大相撲一月場所初日。
私たちの元旦がやってきました。
あらためまして、新年明けましておめでとうございます。

みんな横綱のことをやんややんや言うので
最初は「彼のことは静かに見守るのが私たちの暗黙のルールだったでしょう!」と心中ざわめきましたが
一定の音をずっと聞いてると気にならなくなるように、
やんややんやが聞き流せるようになってきました。
応援するしかできないのでね。
一生、見守ります。
って息子か。

年始に大相撲展の2回目のステージへ。
大人の参加者が多かったので、クイズに正解してシールあげてもなぁ、とか思いながら、近くのお子さんたちに配ってもらえればいいか。と開き直る。
1回目の反省を生かしつつ、絵かき歌のテンポを変えたり、説明を入れたり。
思ったより、楽しんでもらえたようで、
すごく安心しました。

ご来場くださった方、気にかけてくださった方、本当にありがとうございました!

ところで、えほんかいてます、と言うと、
一定数
「私の人生のあのシーンを絵本にしてほしい」と言ってくる方が現れます。
世間話だろうし、「すごい簡単に言いますね」と思うだけで、大概は聞き流すんですが、
最近は「あなたの絵ではなく、別の人に書いてほしいから繋いでください」と言われて
「すごいこと言うなー。」と思ったりしました。
それは自分でやってください(笑)。

いろんな人がいるね。
まだまだ知らないことがたくさん。
今は「サカナとヤクザ」(鈴木智彦著・小学館)という暴力団の密漁の潜入ルポを読んで
裏社会の構造と思想を学んでいます。

新年だけど、豆まきの絵を描きながら。
大相撲アプリのコラムも始まりました。
一番一番精一杯やってみます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

早くBSの大相撲中継始まらないかな。
abemaと大相撲アプリで見られるこの世界ありがとう。

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2018年12月24日 (月)

本日はクリスチャンなり

朝からメリクリLINEが止まらない。
みんな、本日はクリスチャン。

カレンダーの都合で23日の夜にすでにサンタ来てる友人宅多数。お急ぎ便か。
23日は天皇誕生日ですよ。来年からは祝日じゃなくなるのね。。。お誕生日のお言葉に、鼻の奥がツワンとなった。サンタクロースとかいう知らないおじさんよりも、心にしみる言霊〜

昨日、池袋サンシャインの「大相撲展」へ行ってきました。
やくみつるさんのお宝(舞の海のシリコン)に感動しつつ
広い会場はまるで相撲テーマパークのよう。国技館に、いくつかそのまま持って行けば、おもしろい観光スポットになりそうだなあ。誰が管理をするのかという問題がクリアされれば。。。
で、わたしの初日でした。大相撲展場所、初日。
豪風ねこだましTシャツで正装していきました。


「3分の絵本をひっさげて、30分もつのか問題」のために絵かき歌を2曲と、親方パペットを準備。かなり早い段階でどちらも完成してしまって、こんないい加減なものを発表していいのかどうか、ちょっと温めてしまった。。。まさか人前で、2曲も歌うことになろうとは。10年前の自分は想像もしていなかったよ。。。

10人ぐらいの子どもたちと、その大人15人ぐらいが参加してくださって、
ゆるゆると時の共有(byハライチ)。
絵かき歌、みんな上手に描けていて、大人になるまで覚えていてくれるといいなあー。
武留道山の絵かき歌、「あっという間に武留道山っ♪」と描き上がったら、前の方のおばさまが思わず
「あらかわいい!」と言ってくださって励みになりました。。。ありがとうおばさま。。。


そのあと、大好きな講談社のおもしろ編集お姉さんWさんと会場を回って浮かれた写真を撮ってもらい、相撲女子(本当に小学生女子)のれいな嬢とママと一緒に美味しくちゃんこを食べて、クリスマスプレゼントにクリスマスカード、手袋、小学校での自由研究の成果をもらう。さらにWさんから大相撲展限定「のりチップス」いただきました。山本海苔店!美味しすぎるぞ。広めます。

のち、お世話になっている編集者の松田さん宅へ。
30名近い男女と子どもたちがワイワイと集まって、お家の中が立食パーティー状態。
当の松田さんは風邪をひいているようで、ご無理のないようにと思いつつ、車座になってお話しできました。

「ちゃんと困れ」という言葉をクリスマスプレゼントにもらって帰る。Tシャツにしたいくらい。
困ることは悪いことではなくて、困るからこそ解決しようと工夫をするし、考えるのだから、
なんだかんだとごまかしてうまくやるよりも、ちゃんと困って頭をひねれと。

「自分に自信があったためしがない」とおっしゃってた。
「いつかは自分に自信が持てる日が来るのかなぁ」って。
なんて謙虚。私は自分のバカみたいな傲慢さをお腹にしまって、こんな風に地に足をつけて根っこをはって生きたいなあと酔っ払って帰ってきました。

さー、大掃除して、いろいろちゃんと困って、年末年始、大事な人にはちゃんと会おう。

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2018年12月22日 (土)

それ、ドスコいね!

それで。。。

日本相撲協会公認の「大相撲アプリ」というアプリ内に、コラムのコーナーがあるんです。
わたしの大好きなはすまる氏や、尊敬する方々が月に二回更新で、相撲の歴史や取材したこと、感じたことなどを文章やイラストで綴っていらっしゃいます。

なんと。。。

そこで、1月から、わたしのようなただのおばちゃんが、恥ずかしげもなく、コラムを掲載することになりました。
恥ずかしくないのか!とか、顔じゃない!とかいろんな声が、わたしの脳内で響いておりますが、これもね、やっぱり、おもしろそうだな、と思うと、引き受けてしまうんですよ、なかなか、そんな機会、ないと思って。本当に、相撲とわたしの縁は不思議だ。

タイトルは、
やまもとななこの「それ、ドスコいね!」
内容は、相撲用語を季語の代わりにした「大相撲川柳」にイラストをつけたもの、と、
感じたことをゆるゆる綴る文章を、月に一回ずつ計二回更新できたらいいなと思っています。

10年前の自分は、こんなことを予測していなかったな。
5年後のわたしは、どうしているんだろうねえ〜。15年ぐらい経ったら、「あの絵本に影響されて力士になりました」って子が現れないかしら。それが夢だねえ〜

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は!告知します。

ほんとにねえ。せっかく公開の場所があるのに
なかなか更新しなくてサボってばかりで。絵の更新はインスタばっかりになっちゃって。
自分のお布団の中みたいな、ゆるいスペースとしてこのブログも続けたり続けなかったりしております。
もしもたまに来てくださる方がいらしたら、気にかけてくださってありがとうございます。

そんなわけで、イベントに参加します。しかも明日。と、1月3日。

大相撲展@池袋サンシャイン ホールB

イベント関係者の方(フリーペーパーの編集長T氏)に
「大勢の前で、読み聞かせできる?」と聞かれまして。
おもしろそうだなと思ったので、参加することにしました。

主催の東映の方と打ち合わせをする中で、わたしはフムフム聞くだけだったんですが
そこは子どもイベントにおいては手練れの編集者、Wさんが
あれこれ提案してくださったおかげで、なんとか30分を二回なら対応できそうだ、という話になりました。

なぜなら、わたしの絵本を読んだことのある方ならご存知の通り、
あの絵本、読んだら3分ぐらいで終わってしまうから。

絵描き歌、2曲やって、あとはクイズもやって、30分ピッタリ。
子どもたち、楽しんでくれるかなー。

ぬりえのお土産もあるので、もしお時間合う方は遊びにいらしてくださいな。

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2018年10月 2日 (火)

だまってそっとみおくる

ついにその日が来たので見守り、見送った。
何かに似てた。あの切り落とされた髷。
魂が宿っていて、でも、体から離れた髷。
花かな。
チョキンと切られた後はまだ生き生きしてるのに、少しするとじわりと生気を失っていく、花に似てたかも。

横綱は、髷と、別れた。
その意味を、私はきっとずっと考え続ける。
人生のジェットコースター、レールの先が突然消えたみたいなことが起こって、そこから目標を新たに抱いて、第二の人生へ。
そして人生は続く。

横綱は、「土曜日のドルジ」に戻った。
周りの人を明るく照らしながら、まわりの美しい方々に支えられながら。

髪を整えたハンサムなビャンバドルジさんと握手を、する機会に恵まれたのに、
私は、言葉がなく、立ちすくんだ。
笑うことも泣くこともなく、言葉は何も出てこなかった。握手をした。

それだけだった。
同じ時間を過ごした。
同じ地球の同じ空気を吸った。
目があったとき、わたしの中に、ぽかーんと宇宙が現れて、言葉を奪った。

何か言いたかったけど。
何も言えなかった。

わたしはあの場に行った。
それだけ。

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2018年9月24日 (月)

9月

終わってみれば、10勝。



横綱ご本人がどう思っているかは次の番付発表までにわかるとして、
とにかく今場所は、千秋楽まで相撲をとってくれて、ファンとしてはずっと心がエネルギー満タンでした。
休日のみのリアルタイム観戦、平日は録画場所をチェックするしかなかったけど
ずっと信じて応援できてしあわせな15日間だったなぁ。

そして今月末、横綱日馬富士の引退相撲へ。
あと一週間。
ちゃんと見とどけよう、という気持ちの友人たちを集めて、升席のチケットを取りました。

そのあとの披露パーティーにも参加することに決めて、
この歴史的な日を最後まで味わうことにする。
どうかしあわせに。と、いのる。

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2018年9月13日 (木)

ピカピカ

久しぶりにここに来る気になりまして。
だって稀勢の里が8場所ぶりに本場所の相撲を取っているのだ。
なんかこう、いてもたってもいられない。
勝とうが負けようが構わない。それはもう気迫のこもった相撲で毎日勝ってるので(4日目まで。まだ5日目見てないので)、床の上をゴロンゴロン転がりたいぐらいしあわせ。
応援するってなんてうれしいんだ。相撲とってる方は命がけだし、見ているこちらも「どうか怪我をしないで」と祈るばかりだけど、それにしても応援する気持ちはピカピカだ。
ゲン担ぎで毎日着ているあの徳勝龍の反物でできた浴衣ほんとすてきだ。

それで、年末からいままで、相撲のことを考えるとなんだかどうしても胸が詰まって頭の中に霧がかかってどんよりと暗く重くなっていたのがちょっと晴れた。おどろきだ。なんてことだ。そこには、稀勢の里効果だけじゃなくて、日馬富士が次のステップを上り始めたということも関係してる。
いつまでも、留まっているわけにはいかない。時間は流れてる。人生は一度きり。取り返しのつかないことをしてしまったとしても、その経験を糧にして生きていくしかないんだ。と、背中で示してくれてる。モンゴルの学校建設は本当に偉業だし、そう簡単に誰にでもできることじゃない。白鵬杯といい「新モンゴル日馬富士学校」といい、子どもたちの未来に対して実際に夢と希望を与えることに労力を惜しまない横綱たちには尊敬しかない。。。美しすぎてまぶしい。
鶴竜の名前を書かなかったけど、わたしの大切な友達はいま、交通事故で普段通りの生活ができていないけど鶴竜の相撲を毎日楽しんでるからずっと勝っててほしい。かわいいお顔だけど最近だんだん大人っぽい表情になってきてまた味わい深いのね。

と、いろいろな変化があり、身の回りのことも落ち着いて、気持ちもずいぶんと前を向いてきたので
いろいろやるべきことをテクテクすすめようという気分になってきました。
遅い。マイペース。いろんな人にいろんなことを促されたけど結局自分の気持ちが前を向かなければ何にも進まないので、ようやく自分で前を向きましたとさ。
ここに書いておけば、この時の気持ちを忘れずにいられるかな。

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2018年6月 2日 (土)

江戸をみてる

昨年末から、環境を、ガラン、と変えようと、ドリフのセットが大掛かりに回転するみたいにガランと変えようと思って、今年から環境を変えてみました。そうしたら。世界の情報の多さに圧倒されながら、米つぶより小さな自分の上を、果てしない星星星がざぁぁ・・・っと流れていくような。朝になって、口を開けて、朝のひかりを飲み込むと、毎朝ちがう味がする。そういうね、バカみたいなことを、大まじめに感じながら41歳の日々を暮らしています。

それで平日はあまり自由な時間がなくなってしまったので、相撲をリアルタイムで観られなくなってしまった。Twitterで結果を知ってしまったりして、ああ、リアルタイムで観たいのに、と、募る。いろいろ。

で、土曜日と日曜日は13時にBSで始まってから18時に地上波が終了するまでずっと相撲を見てしまったりして廃人みたいになる。千秋楽に始発で並んだって、当日券取れるわけないと頭ではわかっていても、一応並んでみたりして。で、取れるわけないと確認して、また、募る。いろいろ。

とある相撲関係者の方と話して、「俺もゆっくり相撲見たいな。見たことない」と言われてハッとする。相撲が好きで、中に入ると、けっこう、だいじな時間を失うことになるとともに、人生ごと相撲になるんだな。わたしはどういう関わり方をしたいのかな。ポアン、と頭の上にハテナマーク。

相撲、見てるとね、あたし、江戸を目撃してる、と、思うんだよ。生きてる人は平成の人なんだけど、ねえ、このどぎつい色遣い、たっつけ袴をつけた人たちがお酒を運ぶ客席。相撲見ないでただお酒飲んでる人たち。100年前から物心両面で相撲を支えるお金持ち。烏帽子ときらびやかな装束をまとった行司。そして裸同然で力くらべをするちょんまげ姿の男たち。

ちょっと難しく考えすぎていたけど、この、浮世絵の中に入り込んだみたいな演劇的な空間を、ただ、感じるだけでもいいんだな。1500年も前から受け継がれたものがあんまりないとしても、ここ数百年、思想として残ったものを大切にして、知って、形に遺す。そういうことなのかも。と、一歩前進。

(橋本委久子さんという、日馬富士関のファンの画家さんが、日馬富士関の取組を絵で綴った本を拝見して、「本にして遺すってこういうことだ」と頭を殴られた気がして。真似はできないけど、時間とともに流れていってしまうものを描きとめておくことの大切さを目の当たりにしたのでした。)

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2018年4月15日 (日)

なんともいえないじかん

どういう顔をしていったらいいのかもわからないまま、編集者さんに会いに行った。その日はわたしに係が割り当てられていて、どういう顔をしたらいいのかもわからないままだったけど、とにかく明るくいつも通りの顔をしようと思っていったから、その時間は少し空回りした。

手ぶらのわたしは、ただ空気みたいになれたらいいと思ってたかもしれない。とにかくそこに行った。空虚な目をしていたと思う。ただ、そこにある本に触れていたかった。ひとの顔や声を、聞いていたかった。じぶんのまわりに、今あるもの、ひと、ことを、じっと感じるだけで、今日は、いいや、と思った。こんなことは、はじめてだったかもしれない。

思ったことが、うまくはまらない。ただ前に進むだけじゃなくて、浮かんでいたい時期です。
じかんは、流れているとわかるから、こわいけど、いまは進んでるんだか進んでないんだかわからないぐらいゆっくり、1日1日、考えてる。

いっつも「がんばります」って言うじぶんが、今はちょっと苦手です。
うるさいなじぶん。って思う。静かにしてよ、って。せかさないで。がんばりますとか言わないでって。

いきてるから、時間が有限だということは、頭ではわかってる。相手の時間も、有限。
ぼんやり空を見上げて、笑うと救われる。雲とか、星とかに向かって、笑う。上を向いて、笑おう。救われてる場合か?って、いつも逃げ道があるじぶんを馬鹿だなって思っています。以上、ツイッターで晒すのも憚かるつぶやき。ふ。

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2018年3月10日 (土)

すもうのことをかんがえる

昨年末からいろいろなことがあった。わたしではなくてすもうのほうで



わたしはいまだに(2018年3月現在)、横綱が引退をしたこと引きずってて
傷はようやくカサブタになったりして
どうやら時間が、なにもかも解決してくれるのを待つしかないみたいです



おどろいたことに、すもうを全然、普段見てもいない人々が
鬼の首とったみたいに騒ぎ立てててたので、傍観していた。



わたしは日馬富士の
あの鋭い、矢のような立ち合いを見てわくわくわくわくした。
あのすもうを言葉で表すことがうまくないけど、力だけじゃない、しなやかさ、小さな体を生かしたすもうが大好きでした。



だから、暴力はもちろん悪いけど、あのすもうを見られなくなってしまったことは本当に、悲しくて悲しくてしかたがない。
ご本人の、人物としての美しさも、見てない人よりは見てるつもりだから、
1か0かを求められる時代に、ご本人が潔く「どちらかを選択した」ことも、悔しいけど見守るしかない。
くやしい
ご本人の無念さは想像するにあまりあるし、ただ遠くでむねをいためることしかできない。



そして多くのファンと同様、弟子や部屋や角界のためみたいな顔をして自分の想いだけで行動してるように見える親方(誰かにコントロールされてるのかも)には疑問を感じています。


まあ、そんなわけで、前置きはさておき
すもうのことをちゃんと知らないと何も言えないと思って、今はとにかく知ろうとしてます。
「この所作はこういう意味があって…」ということだけではなくて
何百年も、ひとが、つないできた想いがあるから今もすもうがあるということが、いちばんだいじな気がする。
その想いがわたしにもあれば、できる気がする。



さあ、明日から初日です。そして明日は大横綱白鵬の誕生日であり、震災から7年の日。
いろいろあるけど、いきていくしかないんだな。

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2017年8月28日 (月)

宿題

先日、「夏休みの宿題の自由研究で、『大相撲を支える人』というテーマでいろんな方から話を聞きたい。そのなかに、ななこさんも入ってほしい」という小学生からの依頼があり、30冊ぐらいの絵本のダミー(鉛筆描きのラフ)と雅山関のフィギュアを持ってれいなちゃん(小3)のお家に行ってきました。

れいなちゃんの三線の演奏と講習からたのしくスタートし、れいなちゃんお手製のだし巻き卵に舌鼓。相撲女子ヨコタンとの楽しいトークが弾む中、インタビューが始まりました。

その質問の中に、「相撲のいいところは何ですか」というものがあって、みんな、自分の中に同じ問いを持っているんだなあ、と思いました。
なぜ、自分が相撲を好きになったのか。

わたしは「傲慢な言い方になってしまったらいけないのだけど、感覚としてわたしは『相撲に呼んでもらった』としか思えないの。『いい』と思うところは後付けでいろいろ(武器を持たないとか、粋だとか)あるけど、『その答えはない』としかいまは言えない」と、誤解を恐れずに答えました。
いいところは山ほどあるし、知れば知るほど好きになるのは分かってる。でも、好きになる人とそうならない人の間に、これほど落差があるスポーツってほかに思いつかない。

自分が親を選べないのと同じように、わたしは相撲を選んだのではなく自然にそうなったとしか言えない。不思議なものだなぁ、としか言えなかった。
それはそこにいたみんな思っていたようで、明確な答えがなかった。それこそ、歴史があるとか伝統がどうのとか、力と力のぶつかり合い云々とか、そういう手垢のついた言葉はいくらでも思いつくけど、わたしは、いったい、相撲のなにを、いいと思っているのかな?それを言うには、私は相撲を知らなすぎると思う。

そんなようなことを推進力にして、次の作品につながりそうな気がしてきたぞ。
今日は番付発表。この言葉をきいただけで、なぜか血が、滾るのです。

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なつやすみ

7月末に相撲絵本の新作についてのプレゼン的なことを、編集者さんにむけてあれこれして、考えていたことが思ったよりも困難(事実に突き合わせると整合性がとれない)ってことを改めてかくにん。にんにんにん。。。

ずーーっと、どうしたら読者といっしょに、同じ気持ちを積み上げていけるか試行錯誤してきたけど、いまのやりかただとどうもうまくないぞ。と。

それで、
やりかたを変えようということで新しい発想を得て、おお、やってみたら面白そうだな、と思いながら、でも、なんだか、あたまのなかにモヤモヤと靄がかかって動きが完全に鈍った。

それで、積ん読になっていた「そして、ぼくは旅に出た。〜はじまりの森ノースウッズ〜」大竹英洋さん著(あすなろ書房)を読み始めました。

ある日見た、オオカミの夢に導かれて、なにかに突き動かされるように、退路を断ちながらプロカメラマンを目指すドキュメンタリー。北米のノースウッズという、氷河期が残したたくさんの湖と森を、カヤックでひとりで、ぐいぐいと人生を切り拓いていく文章。

目的を一つに定めて、そこへ向けて問題点を洗い出し、対策をし、入念に準備をしながら、あとはもう瞬発力と判断力で、信じて進んでいく。
それを、読者が一緒に旅するんだよなあ。

きっと、編集者さんが、狙ってそういうふうにした(文章を過去形にせず、リアルタイムで読者が一緒に旅できるように)のかなと思うのだけど、ほんとうに小説のように体感しながら読めるノンフィクションでした。まだ読了してないけど。

潔さ、自分を信じる力、自然を畏れ敬いながら溶け込む姿と、その緻密な文章力に圧倒されながら、「わたしになにができるだろう」と考える。
なつやすみ、私の心はノースウッズと東京を行ったり来たり。8月が終わる。。。

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